2016年11月4日金曜日

横浜港大さん橋



横浜港大さん橋
シスターL
初雪の話題もチラホラ。軽井沢の町はいかがでしょうか。浅間山は初冠雪でしょうか。浅間山に3回、雪が降ると里に降ると言われています。こちら東京は新総長を迎え時間割が変わり特別な日々を過ごしました。まず、新総長に従順を誓いました。これをいう時は毎度のことながら胸がいっぱいになります。今まで3人の総長に従順を誓いました。なんということでしょう、見ず知らずの人に自分の意思を預けるとは。年とともにその重さを感じています、と同時に従順が見せてくれた不思議な世界にも思いをはせております。


 東京でのある一日、総長様とみんなで遠足に行ってきました。横浜のカテドラル山手教会に私たちの創立者の聖遺物が納めてありますのでそこでお祈りいたしました。八景島シーパラダイスに行きお弁当を食べイルカのショウを見て楽しく過ごしました。それから横浜港大さん橋に行き ました。今から65年前4人の最初の姉妹たちが着いた港です。1951年、昭和261023日、彼女たちはこのメリケン波止場に着きました。きっと青雲の志を抱いて降り立ったことでしょう。それから軽井沢の地に行き寒さの中、貧しさの中、大日向の開拓地で人々に宣教しました。伊藤さんという方から借りた家に住み、台所の隣は牛小屋で、時々牛が節穴からジーッとこちらを見ていたり、くしゃみで堺の板が揺れたり、美しいクリスマスカードからは、想像もできない馬小屋での生活の実態に触れながらの宣教活動でした。
この地は旧満州開拓団が引き揚げ後、浅間山麓を開拓して村作りをしていました。天皇陛下が皇太子の頃から心にかけ両陛下でたびたび訪れました。お陰様でそのあとにつづく私たちもたびたびお会いするという栄誉に浴しました。ご成婚50周年の時はこちらの修道院を訪問してくださいました。私は入会して42年が経ちました。日本地区の歴史の65年のうち42年をその歴史に参加させていただいたのだと思い、今、感無量です。
 最初の姉妹が到着してから2年後、創立者が第一回日本訪問のためにこの港に着きました。その時の全会員にあてた手紙があります。                              
“私たちは少しずつ入江に近づいてきました。そこには 一つの灯台がありました。船はそれらを後に進んでいきます。もう暮れかかってきた中で、私はその光を見ながら、早く上陸したくてたまりませんでした。地図によれば、まだ数時間の航海が必要でした。乗客たちもみな同じ思いが見られました。そしてそれらの人々の中で私たちだけがカトリック信者であることを確かめたときの心の内を、あなた達には理解できないでしょう”

私は45年前に洗礼を受けカトリック信者になりました。やがてあなたの創立した会に入会し修道者になり、この横浜港大さん橋に来たのです。
           

2016年9月29日木曜日

秋の風



秋の風

シスターL

 夏の熱風と違い、風も哀愁を帯びてまいりました。こんな時は一人静かに物思うにふさわしいような気がします。教会は去年の12月から「いつくしみの特別聖年」を過ごしています。御父のいつくしみに目を向けるようにと教皇様は配慮してくださいました。巡礼教会も指定されました。東京教区は、東京カテドラル聖マリア大聖堂、神田教会、築地教会、麹町教会、八王子教会、西千葉教会です。

 静かに神様と向き合いますと許されたことの数々が思い出されます。修道会から、長上方から、姉妹たちから、世間から、家族から。今は鬼籍に入られた方々もいます。私たちは罪の許しを受けてからも肉の業と戦い、自分の罪を償い、自分を清めるよう求められています。それは償いきれないものでありましょう。しかし、体を使い、足を使って巡礼をすることにより、この世で教会訪問などによって代替えしてもらうことが出来ます。そこでまた、待っていてくれたいつくしみ深い神に出会います。

長上方の導きによって、月の第一日曜日は巡礼教会を訪問する日となっております。西千葉教会、八王子教会はちょっと遠かったですが、行ってきました。11月の閉会まで東京カテドラルに行けば全部巡礼したことになります。このような達成感も又神様からのご褒美でしょう。そこの教会を守ってきた方々の働きを見ながら、先人たちの思いをも垣間見ることが出来ました。多くの気づきと励ましのあった巡礼でした。

秋の風に乗せてもう少しお話ししましょう。養成院の姉妹たちの召命もだんだん具体的になってきました。来年から保育師の免許を取るために勉強します。先日面接があって、どうして“保育師になりたいですか”という質問に“修道会が必要としているためと子供たちに神様の愛を伝えるため”と答えたそうです。ほんとうにそのとおりでありがたいことです。私が考えているように一字一句同じく私たちの事業を引き継ぐことはないでしょう。形を変えて継承されるでしょう。新しいステージが始まりました。ワクワクしてきました。そのとき舞台の袖の片隅に私もそっと立たせて下さいますか?小さい秋を見つけました。

 

2016年9月1日木曜日

残暑お見舞い申し上げます



残暑お見舞い申し上げます

シスターL 

夏も終わりに近づきましたがつつがなくお過ごしでしょうか。この夏はリオオリンピックがあって私たちもみんなで応援しました。長上方の配慮でお祈りを30分早くして、夕食後ハイライトを見ました。メダルを取った選手の感動がこちらにも伝わってきました。弾ける笑顔、生涯最高の笑顔を見て心が洗われました。涙している選手を見てこちらも涙ぐみました。“奇跡”とか“運”と言う言葉も出て見えない不思議な力があることを思いました。色々なドラマに心を動かされ少し優しくなりました。4年後は東京オリンピックで近くの馬事公苑では馬術の競技が行われます。身近にオリンピックを感じることが出来るのを楽しみにしています。“ SEE  YOU  IN TOKYO “

夏休み私たちは家族を訪問するため帰省いたします。去年母が亡くなりましたので今年は新盆のためどうしても一番混雑するお盆中に帰らなければなりませんでした。私の郷里は福島県で、できたばかりの新宿バスタから福島行きの高速バスに乗りました。案の定、渋滞で2時間遅れで着きました。帰りのバスも渋滞で那須のあたりから館林の辺まではノロノロ運転でした。一人のお母さんが年長さんぐらいの女の子と2歳の男の子を連れていました。この男の子がかわいくて私たちの心を和らげました。

この子達の後ろの席に70代ぐらいのご夫婦がいてよく遊んであげていました。私はその後ろの席でした。細い指で座席をつかんでこちらを向いています。斜め向かいのおばさんがかわいいかわいいと指を触りました。細い指で“ガオー”とおじさんを威嚇したりします。終点に近いころ“おじさんとさよならするのしゃびしい”と言いました。“おじさんの子になる?“ ”イヤー“ それもそのはずパパが迎えに来ていました。お母さんは、ふたりの子の手を引いてお父さんは荷物を引いて、夕闇せまるなか家路に急ぐ親子の姿がありました。旅の中に”家に帰る旅“というのがあると聞いたことがあります。お母さんと子供たちは、まさに”家に帰る旅をしていたのですね。 夏の日の一期一会でした。

私たちは後にした故郷を思いながら、まだ見ぬ故郷にむかって旅をしているとパウロは言っています。地上にいるとき「いつの日かまみえまつらん、花咲きにおうゆかし御園 とうたった母マリアにそこで会うでしょう。懐かしい神がそこで待っていてくれるでしょう。

2016年8月14日日曜日

黙想に行ってまいります 



 “ 黙想に行ってまいります ”

シスターL
 修道院の朝顔が色鮮やかに咲いています。赤、白、ピンク、青、紫。待ち遠しかったのですが大きな花を咲かせてくれました。お御堂に行く前に食堂から朝顔を見ます。江戸時代から人々を楽しませていると知ったら、なお愛おしくなりました。江戸時代の人も見たのですね。蝉が激しく鳴いています。教会の祈りが終わり、ミサが始まる頃、太陽の光が射し込みステンドグラスをきれいに照らしてくれます。8月は幼稚園もお休みで子供たちの声もしません。寮生も帰省し何か用のある人だけがいます。夏休みです。
 養成院の姉妹が年の黙想に行きました。以下のものは姉妹たちが、係の姉妹に書き置いていったものです。
 

“イエスは山に登り、ご自分の望む人たちを呼び寄せられた。マルコ3・13”
    黙想に行ってまいります。 
         ご主人様と一緒に精一杯過ごし、新たな心でこれからの神のみ旨を、たとえ胸が痛んでも行いたいと思っております。
         目に見える大きな変化がないかもしれないがお祈りお願い申し上げます。
         エルマナ(シスター)はマリア様のみ手でお体を、気をつけてください。
         私たちが歩いている暗い道の光となっていただいて本当に感謝申し上げます。
         みじめな私たちの祈りで思い出させていただきます。
                         小さな姉妹たち 
修道生活の初めのころの不安と共に、何かを期待する心が感じられてドキドキしました。これから神ご自身が導いて下さるでしょう。青い空と白い雲を見ながら、憐れみ深い神を思いました。
“神よ、あなたはわたしを心にかけ、私のすべてを知っておられる。わたしが座るのも立つのも知り、遠くから私の思いを見通される。翼を駆って東の果てに逃れても、海を渡り西の果てに住んでも、あなたの手は私を導き、あなたの右の手は私を離さない”
詩編139



  

2016年7月20日水曜日

日本語能力検定試験


日本語能力検定試験

シスターL

 夏!夏!夏!これ以外の日本語があるでしょうか。


まだ涼しかった頃の一夜の話を聞いて下さい。“月下美人”という花をご存知ですか。この花の開花に立ち会うのは難しいそうですがこちらの修道院にありますので、何回も見ることが出来ました。係の姉妹が、花が咲きそうになるとお御堂に行く廊下に出しておいてくれるからです。私たちは今か今かとそこを通る度に見つめています。夕暮れから咲き始め9時ぐらいに大きく花開きます。そからどれぐらい咲いているか見届けたことはありませんが朝にはしぼんでしまいます。それで月下というそうです。朝しぼんでいるのを見て本当に一夜だけだったのだとそのはかなさに思いをはせます。なぜか爽やかな気分になります。9月ごろもう一度咲くそうです。それで今年はおしまいです。
 少し涼しくなったところで暑かった時の話をしましょう。
7月の最初の日曜日、日本語能力検定試験に付き添いの付き添いでついていきました。養成院の姉妹が受験する為です。明治大学の生田校舎です。三軒茶屋から世田谷線で行きました。昔の都電を大きくしたような電車で沿線のレトロな東京を楽しみルンルンでした。地下鉄の田園都市線の桜新町に住んでいますので、小田急線に乗り換えたとき広い空と雲がとてもきれいでした。
ところが生田の駅に着くとカンカン照り。 暑い!暑い!暑い! 駅から10分と書いてありましたが川沿いに多分10分以上歩きました。着いたら学生食堂はやっていないしコンビニは空いていません。守衛の方に食べ物は持って入った方がいいと言われてもう一度生田の駅まで戻りました。混雑の中、昼食を確保して会場に行こうとし前方を見ましたらなんと大げさに言えば傾斜が45度の山道ではありませんか。さすが農学部。姉妹の腕につかまってやっとの思いで登りました。彼女は ”VAMOS MARIA” (マリア様と一緒に行きましょう)と何度も励ましてくれました。
試験は12時半からですので着くと大勢の人がホールで食事をしていました。目算で1000人以上いました。その中で日本人は私たち2人だけでした。こんなに大勢の外国人を見たのは初めてでした。皆さん検定を受けて日本で何をしようとなさっているのでしょうか。評価はN1からN5まであって、N14年制の大学や国家試験が受けられます。N2は短期大学や専門学校が受けられます。認定によって企業や社会でいろいろ優遇されます。年に2回行われ北海道から沖縄まで、また海外でも受けられます。去年は国内が83,592人、海外が215,705人受けました。毎年毎年こんなに大勢の人が受験し日本語を学んでいます。国籍を超え言語を超えてお互いを理解し受け入れなどと考えるより”ともに住む”“ともに生きる”知恵と工夫が先決と思いました。心身ともに衝撃を受けふらふらになって修道院に帰ったのでありました。
この話は現実になりました。2学期からこちらの寮に留学生が入ります。神様のなさることは時宜にかなってなんと美しいことでしょう。