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2024年6月1日土曜日

6月 イエスのみ心の月


人々をあれほど愛したみ心をみなさい。

人々のために自らを与え尽くすあらゆる方法をとりました。そして、多くの人から受けたのは、忘恩とさげすみの仕打ちだけでした。それは、わたしが受難の時受けた全ての苦しみよりも、もっとわたしを苦しめます。

(聖女マルガリタ・マリアへのイエスの言葉)

 





マドレ・マリア・イネスは、イエスのみ心に対する深い信心を持っていました。彼女はどんな時でも主に信頼しました。彼女は病床で、こう言っていました。

「神に信頼することは、主が私にくださった一つの恵みだと思います。心の底から、忠実に、本当に、信頼の中に生きること以上に甘美な生き方はありません。なぜなら、神は全能、愛そのものでいらっしゃるからです。けれども神は第一に憐れみの方です。全能者として、また、その他の全ての属性をお持ちではあっても、それら全てに勝るものは、その憐れみ深さなのです。

また、マドレ・マリア・イネスの書き物の中でこのように言っています。

イエスの聖なる御心、私はあなたに信頼します!

というのが、今もいつも、あらゆる瞬間、特に困難な時、しかし順調な時でさえも、常に途切れることのない、私の魂の神への叫びです。

 

イエスのみ心よ、あなたに信頼します!


 

それを言う時に、私が待ち望むすべての事、彼にどれほど信頼しているかという事をすべて言うのです。それで私も彼も満足します。貧しい人の信頼は彼にとって喜ばしいことです!

 

キリストご自身が確約されたとおり、キリストのみ心を奪う霊魂とは、信頼する霊魂であることをよく考慮しなさい。

(福者マドレ・マリア・イネスの著作より)




わたしたちを愛である神へと導くのは信頼、ただ信頼だけです。        (幼き聖テレジア)


今月、イエスの愛に感謝しましょう!

そして祈りましょう!

柔和謙遜であるイエスのみ心、

わたしたちの心をみ心にあやからせてください

2020年5月30日土曜日

教会の母聖マリア


61日(月)は、教会の母聖マリアの記念日です。2018211日、教皇フランシスコは、教会の母聖マリアの記念日を、聖霊降臨後の月曜日に義務の記念日として毎年祝うことについての教令を出されました。


それに先立つ54年前、聖パウロ6世は、19641121日第2バチカン公会議の閉会に際して、聖なるおとめマリアが「教会の母」であると宣言されたのです。
2バチカン公会議において発布された教会憲章の第8章では、聖母マリアについて取り上げられ、聖なるおとめマリアと教会、マリアの執り成し、教会の模範であるマリアなど、本当に教会の中にマリアの聖性が輝き、崇敬の対象、祈りの模範など素晴らしい教えが示されました。

私たちカトリック者の信仰は、母である聖マリアの祈りと執り成しによって、強められ、深められ、力づけられています。日々、信仰の弱さを体験しつつも、マリア様のまなざしを受けて、キリストへの愛と憧れを再確認し、その苦難の十字架の道を進む勇気を新たにし、心を奮い起こして前進できるのです。実際、神の母、聖マリアの後押し無しに、私たちの信仰の道はついえてしまいます。私たちの目指す道はマリアと共にあるキリストへの道なのです。


キリストの傍らには必ずマリア様がおられます。マリアはキリストの母であるから、私たちがキリストを見失うことがあれば、母であるマリア様は行く手を見失った私たちの手を引き、イエスのもとに導いて下さいます。

私たちの修道会の創立者である福者ご聖体のマリアイネステレサは、母である聖マリアへの深い愛によってその生涯をマリアのみ手に委ね、「マリアは私の母です」の霊性を深めました。創立に伴うあらゆる困難の中で、いつも「マリア、行きましょう」と、親しみを込めて呼びかけながら、キリストに従って行きました。私たちも「Vamos(バーモス) Maria(マリア)!」と、マリア様に呼びかけましょう。そして日々のキリストへの道を喜んで歩いていきましょう。 
    シスターパウリ―ナ mc

2015年6月25日木曜日

動物の世界,植物の世界、そして人間の世界



動物の世界,植物の世界、そして人間の世界


シスターL

 6月はイエス様のみ心の月です。私達はこのみ心を心として生きるようにと召されています。祈祷書にはみ心の連願が載っており、毎年6月になるとこの祈りを共同で唱えます。共同の祈りは時にさらさらと流れてしまいます。それではイエズス様のみ心を生きるとはどう言うことでしょうか。



 かつて大分県の佐伯市に支部修道院がありました。そこにいるころお客様がお見えになると高崎山の猿を見にお連れしたりしました。A群、B群、C群とグループがあって、だいたい決まった時間に餌をもらいに下りてきます。その時係りの方がマイクで説明します。この子は婦人会長の孫だとか、ボスの遠い親戚に当たるとか面白可笑しく話します。丁度、前を赤ちゃんをおんぶした猿が通りましたのでこの子は自分の子ですかと聞きました。そしたら「誰が他人の子を負ぶいますか」と言いました。なるほどこれが動物の世界かと納得しました。朝顔の花が大好きで夏になると朝顔を植えるシスターがいます。今可愛い花が咲いています。二人で眺めていますとあの弦はどうしても塀の方に行ってしまうのと教えてくれました。放っておくより仕方がないねと言いながら生き延びる時は生き延びるのねと楽しくおしゃべりし、植物の世界の自然淘汰ということで見解が一致しました。神様は動物の世界、植物の世界をその様に造りました。



 人間の世界はどうでしょうか。互いに愛し合いなさい これが至上命令です。誰も切り捨てることなく、 イエス様のみ心を生きなければなりません。先週の神父様のお説教で気ずかされました。 第2朗読のことばです。ひたすら主に喜ばれるものでありたい(IIコリント5‐9)そう願っていれば主のみ心もおのずとわかってくるのではないでしょうか。


2014年6月24日火曜日

「ホットひと息」 〇〇記念日

「ホットひと息」 〇〇記念日


皆さんには、どんな記念日がありますか? 誕生(記念)日、(親からの)独立記念日、洗礼記念日、サラダ記念日(という短歌がありましたね)・・などなど。

                        

私たち宣教クララ会員にとって622日は特別な日です。なぜなら前回のブログにも書きましたが、修道会の創立記念日なのです。毎年それぞれの修道院が工夫して、その日を感謝して過ごします。しかし全修道院が共通してすることが一つあります。それはミサの中で誓願更新をすることです。



     
私たちの誓願式はミサの中で行われます。なぜなら、それは教会においてキリストご自身が、ご自分の生贄にその聖別奉献をあわせて受け取ってくださるからです。(考えたら本当にすごいことですね!)私たちは毎日ミサの後に誓願更新を全員で唱えますが、創立記念日と1212日(グァダルペの聖母の祝日)は、祭壇を囲んで荘厳に誓願更新をするのです。初誓願式の熱い思いが再びよみがえり、また新たに始めたいという力をいただきます。本当に恵み以外の何ものでもありません。




“○○記念日”それは大きなものから小さなものまですべてが、神様から私たちへの贈り物なのですね。(^-^)