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2024年3月16日土曜日

シスターの俳句


「小鳥達 いかなる味ぞ 春の水

 (鑑賞)水溜まりでしょうか。小鳥たちが次々と水を飲みに来ます。小枝で遊んでは、また飲みに。何度も何度も飲みに来る小鳥たちを見ていると、作者もその水を飲んでみたい気持ちになりました。春の水はきっと心まで温かくしてくれるのでしょうね。 


「幾千の桜一輪手にとって」  

 (鑑賞)満開の桜を眺めていると、ひとひらの花びらが手に落ちてきました。なんて愛らしいのでしょう! 作者の優しい思いが感じられます。


 この俳句は宣教クララ会のシスターコンスエロ服部が書いたものです。


 御聖体の宣教クララ修道会は1951年6月22日にメキシコで創立され、同年10月23日に早くも日本に4人の宣教女が派遣されました。そして、約1年後の1952年10月26日に2人の日本人が入会しました。シスターコンスエロ服部美津枝は、その一人です。


 シスター服部は、修道生活を望んで修道会を探していましたが、出身教会の司祭の紹介で宣教クララ会を訪問し、そのまま入会したそうです。言葉も通じない中、辞書を片手に何とかコミュニケーションをとったそうです。日本に来たばかりの修道会はとても貧しく、体の弱いシスター服部には、色々な困難もあり、退会を考えたこともありました。

 ご両親も心配して、何度も連れ戻そうとしたようです。しかし、日本に訪問した創立者に出会った時、創立者の人柄に魅せられ、修道召命は固まっていきました。修道会の日本での基礎を作る役割を担い、その後1970年にローマに派遣されました。


 1988年に帰国し、2019年1月22日帰天するまで、再び日本での役割を誠実に果たし、晩年は長年にわたり病床にあり信仰と忍耐の模範を日本の会員に与えてくれました。病床にあったシスター服部の俳句をこれから徐々に紹介したいと思います。

2021年9月22日水曜日

キリストは生きている


召命

 人間は誰も一つの召命を持って生まれてきます。人は、人生の途上で必ず、自分に与えられたその召命を選択しなければなりません。


 あなたの召命は、単純に、あなたの果たすべき職務もちろんそれによって表されるものですが|だけで成るものではありません。それ以上のものです。多くの努力や数々の行為を、仕えることへと向かわせる道筋なのです。だから召命の識別において重要なのは、社会に対するそうした具体的な泰仕に必要な資質が、自分にあると気づけるかどうかです。
 それにより、そのような任務にはとても大きな意義が生じるのです。それらが、お金を稼ぐため、無為に過ごさないため、他者を喜ばせるためといった、もろもろの行為の積み重ねであることをやめるからです。わたしたちは呼ばれたのだから、そうしたことすべてが召になるのであり、そこにはわたしたちの実用的な選択以上のものがあるのです。究硫的には、なぜ自分が造られたのか、この地上で何をして過ごすのか、わたしの人生に主が望むものは何かを、知るということです。 主はわたしに、場所や時や詳細を、すべて伝えてはくださいません。 それらはわたしが賢明に選択するものです。 ただし、主はわたしの創造主、わたしの陶工であられるのですから、わたしに示してくださる人生の指針があるはずで、わたしは、主によって形成され、主に導かれるために、その声に耳を傾けなければなりません。それができれば、わたしはなるべき自分になり、自分に固有の現実に対してまっすぐに向き合えるでしょう。

                       教皇フランシスコ  使徒的勧告 「キリストは生きている」より








2020年11月9日月曜日

 

「毎日が神様からのプレゼント」

 

シスターマグダレナ小崎

 

皆さんは、自分の人生を振り返ったことがありますか?

私は、今年誓願25周年という恵みの年にあたり、今までの人生・特に修道生活を振り返ることができました。自分の至らなさにも沢山気づかされましたが、それにも増して、神様のいつくしみ深さに驚かされました。なぜなら、こんな私が、今もここにいること自体が、本当に不思議(奇跡?)だと思うからです。入会する前のこと、シスター以外の道を探して、ずいぶん遠回りをした私は、本会の黙想会で、礼拝中にイエス様のいつくしみのまなざしと出会ったのです。こんな私を?ずっと待っていてくれたイエス様、私は放蕩娘のように泣きました。その翌年に、修道会に入会。しかし、入会したものの、修道生活がどんなものなのか、創立者のことも、グァダルペの聖母のことも知りませんでした。少しずつ養成され、今では、この生活しかないと考えるようになりました。

毎月22日に、創立者の遺言書を共同体で読んでいます。その時その時に、心に響く言葉が違いますが、今年創立者が私に語りかけた言葉は、「神のあわれみと娘たちの努力によってみなが同じ精神と聖性への熱意を持ち、主からの一つひとつの痛みと喜び、苦しみなどの機会を全部利用しながら、神の栄光のために天の国に多くの人を導きたいと言う望みを持っています。この共同体をあなた方に託します。」私はハッと気づかされました。その日・その時・各瞬間のすべてが、神様からの贈り物だったのですね。私はこの25年の間に、神様が下さった宝(恵み)をずいぶん無駄にしてしまったと反省しています。(神様ごめんなさい!)

これも創立者の言葉ですが、「毎日始める」ことを勧めて下さっています。誓願をたてて25年たった今、やっと気づかされた私ですが、今日からまた新たに始めたいと思います。神様から与えられた命を毎日少しずつ神様にお返ししながら、ここに呼んでくださったことに、いつも感謝して生きたいと思います。神様に感謝!イエス様に感謝!マリア様に感謝!修道会に感謝!そして一人一人のシスターに感謝したいと思います♡













2020年9月8日火曜日

国境なき宣教女


マリア様誕生の祝日おめでとうございます!



                          (幼き聖マリアに捧げられている教会です)

 

 私はシスターセシリア・ロペスと申します。

2011年に御聖体の宣教クララ会に入りました。2013年にメキシコから日本地区に派遣されました。生まれた場所は、メキシコのアランダスと言う小さな町です。ご存知のように、メキシコは、ほとんどカトリック信者です。 

 

本日は、マリア様の祝日にあたっています。私の故郷アランダスでは、マリア様の誕生の祝日を毎年どのように祝うか、分かち合いたいと思います。

 

アランダスのある教会は、幼き聖マリアに捧げられています。毎年831日から98まで、マリア様のために九日間の祈りを捧げます。その期間、毎朝6時に教会の信者達が集まり、マリア様の御象を神輿のようなものに乗せます。そしてそのマリア様を先頭にして、信者達はあけぼののロザリオをしながら、教会の周囲を行列します。その後、教会に戻って皆がマリア様の前に立って、マニャニータスというメキシコの伝統的な誕生日の曲を歌いながら、それぞれの喜び、苦しみ、また望むことを幼き聖マリアに献げます。最後に主任司祭と信者達が一緒にごミサに参加します。

 

これは、一つの例ですが、日本にいる私たちも、この日幼きマリア様の御像を四つの修道院で飾っています。どうぞ皆様もマリア様に感謝の心でご一緒に祈りましょう。

 いつくしみ深い神よ、あなたはおとめマリアの誕生を祝福し、救いの芽生えとしてくださいました。信ずる者に恵みを注ぎ、今日、聖マリアの誕生を祝う私たちに平和をお与え下さい。

アーメン。

 

これから宣教クララ会の四つの修道院の幼きマリア様の御像をお見せいたします。

どうぞご覧ください!!!!


           東京本部修道院                                        飯田修道院

 

                                              

         軽井沢修道院                          大泉修道院

                 



                                     アランダスの幼き聖マリアの教会です。